1874年、フランス人の宝石細工師の”ルイ・フランソワ・カルティエがパリに開いたアトリエが始まりです。
パリのアトリエから始まったカルティエは、ピカエールから、パリのアトリエを譲り受け、このアトリエがカルティエ・メゾンの偉大な歴史の第一歩となりました。
その後イタリアン大通りやラ・ペ通りなどへ移転をさせ、創設者ルイ・カルティエの息子「アルフレッド・カルティエ」とその3人の息子たちによって、カルティエは急成長を遂げ、パリ、ロンドン、ニューヨークという3大都市のショップを開店させました。
なかでもパリに残り、カルティエの基盤を支えた長男のルイは、その才覚をいかんなく発揮し、カルティエの発展に大きな影響を与えたと言われています。パリ、ロンドン、ニューヨークの3都市で世界的な宝石ブランドとして躍進したカルティエは、イギリス国王エドワード7世に「王の宝石商、宝石商の王」と評されるまでになります。
そんな中、ルイは親交のあった飛行家アルベルト・サントスから、飛行中にハンドルから手を離さずに時間を確かめる時計が欲しいと相談されます。当時、男性が携帯するのは懐中時計が一般的だったそうです。
カルティエは、有名な時計職人エドモンド・ジャガーの手を借り、カルティエ初の腕時計のコレクションを誕生させ、相談者にちなんでこのコレクションを「サントス」と名づけました。この「サントス」が世界ではじめて成功をおさめた、紳士用腕時計とも言われています。
その後も、樽の形からインスピレーションを得た「トノー」や、亀の甲羅をモチーフにした「トーチュ」、戦車からインスピレーションを受けてデザインされた「タンク」など、数々のウォッチ・コレクションを展開していくこととなるのです。
1904年、イギリス王室の御用達となったカルティエは、その後もイギリス王室の様々な儀式のために製品を提供していきました。また、詩人ジャン・コクトーのためにつくられたという「トリニティ」や香水、革製品など次々と新しい部門を開拓していきます。
1970年代には、「レ マスト ドゥ カルティエ」を提唱し、機能的で広く社会に受け入れられる新しい高級品ブランドのイメージを作り上げることに成功しました。高級ジュエリーブランドとして国際的に広く認知され、そのエレガントで繊細な輝きを届け続けているのです。
1980-90年代には、数々の新しいコレクションが発表され、その多くのコレクションが、世界中の人々を魅了しています。 |